これも醒睡笑の話。
広辞苑にも「娑婆で会った弥三郎」という言葉が載っております。
弥二郎、弥三郎、地域によって違いがあるそうですが知り合いに対して
他人の顔をするという意味らしいです。が、私は今回初めて知りました。
で、醒睡笑では、この言葉を誰もが知っていると言うことを前提にして
この語源について書いております。
昔有る生臭坊主が、生きながら穴にこもっていわゆる即身成仏することになりました。
ところがこの坊主、知り合いに穴の中に抜け穴の横穴を掘って貰い入定したと見せかけて
こっそり抜け出して別の地域に行って遊び歩いておりました。
そこへ昔の村の弥二郎という男が、たまたま遊びに行って出くわします。
「あれ、あんた○○さんじゃないか」
「ワシはお前なぞ知らん」
「ほれ弥二郎じゃよ。でもあんた入定なさったのではなかったかい?」
「おお、そう言えばお前は、娑婆で会った弥二郎じゃな。」
と言うお話。
入定とは、そのまま生き仏となることで、穴の中で死んでしまうわけです。出羽などに
伝わる即身仏ミイラがそれです。
- 2008/01/10(木) 21:56:52|
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醒睡笑という江戸時代に書かれた笑い話本があります。
「そらごと」のことをなぜ「うそ」と言うのか?
鷽(うそ)と言う鳥は木の高いところ(空)で琴を弾くような声で鳴くため
「そらごと」を「うそ」と言う。
ようするに「空琴」の駄洒落です。そもそもそれが嘘だろうとつっこみを入れたくなります。
この本そんな話ばかりです。
ですがすでに死語になったのではと言う言葉も多く
元の言葉の意味がわからない物も多いです。
でも広辞苑で引いてみるとちゃんと載っていたりして決して絶滅してしまった言葉ではないようです。
笑い話と言うよりも日本語の勉強をしているような気分になる本です。
- 2008/01/07(月) 14:11:22|
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良くスポーツ選手を武士やサムライにたとえますが、葉隠れに言う武士に当てはまる人はそんなには居ないと思われます。
一人あげるならば貴乃花でしょうか。
足を怪我しながらかばいもせず、見事優勝しましたがおかげで選手生命にも終止符を打ってしまいました。
このように以後のことを考えずその場で全力を出しさえすればよい、細く長く生きるより太く短く生きること、名前さえ残ればそれでよい。これが葉隠れに言う武士の姿です。
あくまでも葉隠れに言う武士の姿です。と言うのは、どうやら葉隠れ以前にもこのような武士は、例外的に存在しただけのようで、やはりあの書は、ただの理想を説いただけのような気がします。
貴乃花の場合は、ただ誰のためにあそこまで無理して相撲を取ったのかが問題になります。
あれが自分のため、家族のため等というのであれば葉隠れに言う武士ではありません。
葉隠れに言う武士であれは、それは相撲協会のためと言うのでなければ成りません。
葉隠れとはそう言うことを求める書です。
主人のためなら黙って死ねる。それが武士として美しいという、支配者にとってとても都合の良いことばかり書いてある書です。
戦時中に学校教育に利用されたのも当然ですね。
- 2008/01/05(土) 10:07:00|
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その後津軽藩はどうなったか。
天明の浅間山大噴火は、アイスランドのラキ山の大噴火と重なって地球規模の被害をもたらしました。
火山の怖いのは、その吐き出す物質によって太陽光線が遮られ地表温度が下がり作物が出来なくなることです。
こうして日本では、天明の大飢饉となっていきます。
しかしそれは日本国じゅう一斉になるわけではありません。津軽では比較的早くその影響が現れたそうですが他の国ではそうでもなく、津軽の役人は、飢える百姓から相変わらずお米を取り立て借金返済のため京・大阪に送っていたそうです。
先を読めない役人に支配される人々は悲劇です。
おまけにお米は船で送るわけですが、当時はこの船が良くひっくり返って積み荷を全部海に落としてしまうことがありました。自分たちが絶食してまで集められた米が結果的に海に捨ててきただけになったわけです。そしてそんなところから噂として、実は沈んだことにしてこっそり本当は別の湊で売りさばいて誰かが私腹を肥やしているのではと言う話にもなってきました。
ついに農民達は立ち上がります。実力でこの船の出航を止めてしまいましたがその時は、藩の炊き出しで何とか収まったようです。ですがそんなものは一時的な物で根本的に問題が解決したわけではありませんので、農民達は、津軽を逃げ出すことになります。
本来農民こそが藩の中心的財源なのでその移動は厳しく取り締まられていたのですが、「口減らしになる」と藩では、逃げ出すことを黙認してしまいました。米が環境的に出来なくなったところに作る人もいなくなるわけですから、それで良いんだという藩の政策は、あきれたものです。
そしてもちろんこういう時のために預けておいたはずの備蓄米を二割の利子とともに返せという話になってもそんな米一粒も藩にはありません。
こうした不満が募ってやがて一揆へと発展していきます。
こういうときには、どこにもまったく米がないわけではなく、いち早く備蓄する富豪達がおります。そう言った富豪の蔵がまずねらわれました。そうなると今度は、富豪の方でも襲われたら大変と一揆集団がやってくると自ら炊き出しをして「一揆の皆さんご苦労様」と振る舞って穏便に通過してもらうようになりました。
そういったた話はすぐに近隣に広まり、めしが食えると人が集まり益々一揆の勢力は拡大していきます。
補足説明
当時の武士は、給料をお米で貰っておりました。貰ったお米を商人に売って現金化して生活費に充てておりましたので、実は、不作の年は、米の値段が上がるため武士の懐は暖かくなるのでした。米の出来不出来に関わらず貰える米の量は同じなのでそう言うことになります。
こういう仕組みにも藩が米の不作に対する危機感が乏しかった原因が有るかもしれません。
民がいくら困っていても自分たちの収入だけはきっちり確保する、いつの時代も役人は基本的にこういうものなのでしょうかね。
- 2008/01/04(金) 07:29:07|
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天明の浅間山大噴火に関する本の中で当時の津軽藩での話。
不作の時に備えて農民に強制的に田一反歩につき米一升の割合で貯蓄させた。
その貯米を藩庁に貸し付けておけば、年二割の利息を付けていざというときには返してくれる。
魅力的なので農民はどんどん藩に米を貸し付ける。
ところが、藩は、ただたまる一方のお米をそのままにしておけず藩の資金として勝手に流用を始める。
こうして書き付けだけが残り、実際に飢饉用の備蓄米は右から左へ消えていった。
(藩は、お米をほとんど借金の返済に使っているので、当然農民達に返すお米は無くなっている)
江戸時代も現代も役人の考えることにそう違いはない・・・。

- 2008/01/03(木) 07:52:22|
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早く新しい記事を書かないといつまでもページを開くたびに「例の猫殺し」の文字が煩わしいので。
葉隠れという本は、「武士道とは死ぬこととみつけたり」という言葉が一人歩きして本来の日本人像ここにありみたいな間違った情報に溢れているように思います。
日本人をサムライにたとえたり、何かあると野武士のようなとか古武士のようなとか、あたかもそれが日本民族の精神的特徴みたいに言いますがお笑い物です。
葉隠れの著者山本常朝は何度もその書の中で言っておりますが「一般の人は知らないが、鍋島藩の武士はそうではない」とごく限られた人たちに対して「武士道とは死ぬこととみつけたり」と訴えているのです。
そしてなぜそのような本が書かれたのか。
前回も「〜の品格」本についての話を少し書きましたが、これと同じでその当時の武士にこういう感覚が全くなくなっていたからなのです。
ようするに、「武士道とは死ぬこととみつけたり」などは、日本人の精神を表す物でもなくまた当時の武士の本当の姿を現した物でもないわけです。
いわば、こうありたいものだと言う理想でしかないのです。ですからこの書物を取り上げて昔の日本人はとか本来の日本人は、こんなにすばらしかったんだ等と宣伝する輩のことばは、気おつけて聞かなければ成りません。昔も今も日本人はあまり変わっておりません。
決してアメリカの占領政策のせいでもありません。元から現代のような民族なのです。
なお、江戸時代は、機能していたかは別として一応士農工商という身分制度がありました。
そしてこの葉隠れはこのうちの士のみを対象に描かれたものでそのことだけでもこれが江戸以前の日本人の精神を述べた書ではないことがわかります。
ちなみに「死ぬこととみつけたり」と言う表現はしておりませんが、衆道つまり男色も命をかけてする物だと常朝さんは言っております。ただ命は一つしかないので武士は、好きでも男色は我慢するしかないと言っております。
「葉隠」の名誉のために言っておくと、そう言った限られたごく一部の人のために書かれたものとして面白い読み物だと思います。そしてもちろん中には、一般の人にも応用が利く話もありますので、読んでためになる部分もあります。
繰り返しになりますが、決して本来の日本人の精神を表した書などではありません。そしてサムライや武士などが、必ずしもかっこの良い物でもありません。
なお、「野武士みたいだ」なんてスポーツ選手には、ほめ言葉のように使っておりますが、あんな馬鹿にした言葉はないと思います。使っている人は野武士がどんな物か知らないのでしょうね。
- 2008/01/02(水) 13:41:57|
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明けましておめでとうございます。
新年早々、ブログにまたエラーで入れず面倒な再手続きの末入ることが出来ました。
本当にもうやめようかな・・・このブログ。
去年の紅白歌合戦、私は、今まで一度もこの番組を最後まで見たことがないのですが、
昨日は、審査員の紹介の所まで見ておりました。
審査員の中に、「女性の品格」という本を書いた板東眞理子さんと言う方がおりました。
司会者が「ばんどうまりこ」と言ったのでこの時はじめてこの人が、子猫殺しの板東真砂子では、
無いことに気がつきました。
今までずっと「女性の品格」は、板東真砂子の著作だと思っておりました。板東眞理子さん申し訳ありません。
子猫殺しからもう一年以上経ってしまいましたが、今どうなっているのでしょうかね。
検索したらこんなページがありました。
http://28.xmbs.jp/ch.php?ID=forlady&c_num=17753あらためて板東真砂子の書いた記事を読み直してみてもやはり、一番生死に鈍感になっているのは、
彼女だという実感ですね。ホラー作家だからしょうがないと、他のホラー作家が聞いたら
憤慨しそうな感想しか出てきません。
話は変わりますが、ついでに「女性の品格」について。「日本の品格」なんて本もありましたが
合わせてくだらない本だと思っております。読んではおりませんから断定はいたしません。
今「葉隠」と言う本を読んでおりますが、これは言うならば「武士の品格」とでも言いましょうか。
日本人は、マニュアルが昔から好きなんですね。言われたとおりに考えないで行動するのが
性にあった民族なのかもしれません。
「葉隠」は、三島由紀夫や新渡戸稲造のせいでずいぶん誤解された書物のようです。
この本の言いたいことは、良く死ぬためには、よく生きなさいと言うことのようです。
決して死ぬことを美化したような軍国主義万歳の書ではありません。
まだ途中までしか読んでおりませんからこれも断定はしませんが・・・。
年の初めから何だかつまらない話ばかりで恐縮です。
- 2008/01/01(火) 08:51:19|
- 猫
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