
御曹司義経は、十三の湊を旅立ちて通り過ぎたる島々は、ころんが島、大手島、ねこ島、いぬ島、まつ島、うし人島、おかの島、とら島、かぶと島、たけ島、もろが島、ゆみ島、鬼界が島、蛭が島。
およそ七十五日を費やしました。そして今日ようやく一つの島に上陸しました。
渚に出てみると背の高さ十丈(およそ三メートル)もある人たちが集まってきました。
腰より上は馬であり下は人という不思議な出で立ち。そしてよく見ると腰の当たりに皆、太鼓を付けている。
義経問う
「島人達よ、この島は何という島でしょうか?」
すると島人が、
「ここは、王せん島と申します。有名な馬人島とは、ここのことです。」
「そうですか、ところで皆さんが腰の当たりに付けている物は何ですか?」
「これは太鼓です。」
「何のために付けているのですか?」
「我々は、背があまりに高い物で、転んでしまったときに起きあがることが出来ません。助けを呼んでも声が届かないときにこの太鼓を鳴らして知らせるのです。」
義経は、馬人達とうち解けてしばらくの間旅の話などしておりましたが先を急ぐ物でもありあまり長居も無用とまた舟に乗り旅立っていきました。 つづく
現代の小説であれば、馬人島で一波乱と言うところでしょうが、御伽草子はあっさり流して次ぎえと話が進んでいきます。
しかし、転んだら一人で起きられないので太鼓で仲間に知らせるなど、なかなか面白い発想だと思います。
現代の作家の作品でも、よくこの人はどういう頭をしているのだろうとその奇抜な発想に感心することがありますが、実はそれらが、すでに江戸時代以前のモノの焼き直しと云うことが多いと云うことに最近気がついてきました。
なお、御伽草子の挿絵はもちろん本来猫ではありません。こういう擬人化は、現代でもよく見られますが大元は、鳥獣人物戯画で有ろうと云われます。
しかし江戸時代になると、こういった擬人化は、大変多く行われたようです。
中でも十返舎一九の作品には、道具が忠臣蔵をやると言うモノがあります。体は人間ですが顔は皆台所用品の何かというへんてこな物です。
動物に置き換えるぐらいなら当たり前ですが、道具に忠臣蔵をやらせてしまう当たり十九の非凡さを感じます。
- 2007/12/20(木) 07:47:48|
- 猫の絵
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馬人だなんて、ガリバー旅行記と同じじゃないですか。昔の人は馬と親しんで暮らしていたから擬人化するとき、ぱっと思い浮かぶんでしょうね。
>道具が忠臣蔵をやると言うモノ
さるかに合戦を思い出しました。臼も活躍しますよね。
- 2007/12/21(金) 00:33:32 |
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- MMMinMcity #SWfOwOYA
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実はこの話は、ガリバー旅行記を想像させる物です。ですが推定の制作年代がガリバー旅行記が書かれたときよりも古いので、正しくは、ガリバー旅行記が御曹司島渡りに似ていると言うところでしょうか。
またガリバー旅行記には日本が出てくるのでスウィフトは、何らかの形でこの話を知っていたのでは、なんて想像も面白いです。
さるかに合戦では、あれは確かに臼(道具)ですが、器物忠臣蔵では、道具人間です。おまけにこいつらが親父ギャグを連発いたします。
- 2007/12/21(金) 07:07:15 |
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- みとさま #hSCFVYi.
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